この記事を書いた人:テツオ(50代・会社員)
小1のGW明けに息子が突然不登校に。約1年間、付き添い登校を続けた父親の記録です。
学校の廊下の椅子に座って、ノートパソコンを開いてオンライン会議に参加しながら、隣の教室では息子が授業を受けている。
冬の廊下は寒かった。夏の廊下は暑かった。そして常に、息子がいつ教室から出てくるか分からない緊張感があった。
これが約1年間、私の朝の日常だった。
付き添い登校を始めたきっかけ
息子が小学2年生になったころ、私は息子に声をかけた。
「パパが一緒に行こうか?」
息子はこう答えた。「パパが一緒なら行く」
それが始まりだった。誰かに勧められたわけでも、学校から指示されたわけでもない。息子が学校に行ける方法を探した結果、私が付き添うことになった。
毎朝の付き添いルーティン
朝の流れはこうだった。家を出て、息子と並んで学校まで歩く。昇降口で靴を履き替えて、教室まで一緒に行く。朝の準備を一緒に終わらせる。
朝の会が始まると、教室の後ろに立って聞いたり、廊下に出て様子を見たりしていた。
会議の時間になると、廊下の椅子に座ってイヤホンをつけてオンライン参加した。息子のわがままに対応しながら廊下でオンライン会議に参加する日々は、精神的にじわじわと削られていった。
1年間で限界を感じた瞬間
無理して登校しているストレスが限界を超えると、息子は癇癪を起こすようになった。私への暴言と暴力が増えていった。
ある時期から、私は「学校に無理に行かせない」という決断をした。
その決断のとき、正直な気持ち
諦め。そして絶望だった。
付き添い登校を1年間続けた。寒い廊下も、暑い廊下も、オンライン会議も、全部耐えた。それでも息子は学校に馴染めなかった。「これだけやってダメだったのか」という感覚は今でも覚えている。
今振り返って思うこと
無理に登校させるメリットは小さい。
別室登校の制度が充実していて、学校に行くこと自体がつらくない環境であれば話は別だ。でも息子の学校は、教室で授業を受けるしかない環境だった。そういう場所に無理やり連れて行くことに、意味はなかった。
付き添い登校を検討している父親へ
・子どもが「パパと一緒なら行ける」と言うなら試す価値はある
・癇癪・暴言・暴力が増えたら「無理している」サインの可能性が高い
・学校の別室登校などの受け入れ環境を先に確認すること
・父親自身の精神的な消耗にも目を向けること
当時、息子を学校以外に連れて行ける場所が江戸川区にはほとんどなかった。「学校に行かせない」と決めた後も、息子の居場所を見つけることができなかった。
付き添い登校よりも、息子に合った居場所を探すことに早く力を注げばよかった。それが今の正直な気持ちだ。



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